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GUCCI(グッチ)創業者一族のお家騒動

1524_グッチ お家騒動

GUCCI(グッチ)創業者一族のお家騒動についてお届けします。

グッチお家騒動

現在のグッチを作りあげたのは創業者のグッチオ・グッチです。彼はイタリア・フィレンツェにて1881年に誕生しました。彼の家は麦わら帽子の製造を行う会社を経営していましたが、グッチオが17歳の時に会社は倒産してしまいます。家庭は困窮し、暮らすのもままならないという苦しい時を過ごしました。グッチオは夢を求めて1898年に単身ロンドンへと向かい、最高級ホテルに就職します。

ここで出会った人物の中には、マリリンモンローや当時のイギリス首相であったウィンストンチャーチルなどがいたそうです。紳士淑女の立ち振る舞いから、上品な装い、物事への価値観など、洗練された感性など全てが彼のマインドに大きく影響することになります。低賃金ではあったもののこの大きな経験に突き動かされたグッチオは、1901年にビジネスを立ち上げることを考え故郷フィレンツェに帰り、商店の店員として働いている中、第一次大戦が開始された為、一旦は兵士として従事します。

戦争が終わりフィレンツェに戻ってくると、今度は高級皮革店でレザーについて深く学ぶ経験を得ます。そして1922年にレザーを取り扱う自身の店を構え、翌年1923年ついに「GUCCI」へと名前を変更します。旅行鞄や馬具などの革製品を扱った専門店だったグッチは、第二次世界大戦中は皮を使用できなくなりキャンバスやリネンで代用しました。第二次世界大戦の戦火をくぐり抜けたグッチは、ニューヨークにも出店を果たし繁栄していきましたが、道半ばで1953年グッチオ・グッチはこの世を去ります。

グッチオ亡きあと、グッチの事業はグッチオの6人の子供のうち、三男のアルドと五男のロドルフォに継承されます。アルドは類まれなるセンスを持っていました。一方、ロドルフォは、有名女優にグッチの商品を提供して広告塔になってもらうなどマーケティング能力に長けていました。そんなアルドとロドルフォ兄弟により、海外進出果たした「グッチ」は、1970年代には世界的にも有名なブランドとなります。五男・ロドルフォにはマウリツィオという一人息子がいました。

1970年のイタリア ミラノで開かれていたパーティーで、赤いドレスを着た21歳のパトリツィアは、マウリツィオに近づき結婚へ→反対する父に反抗し、グッチ家を出ます。グッチを捨ててしまったマウリツィオのためにパトリツィアは、グッチ2代目でマウリツィオの伯父にあたるアルド(“グッチ”というブランドを世界的に有名にした人物)に会いにいきました。パトリツィアは伯父のアルドに、義理父と夫の仲裁を頼みました。アルドもマウリツィオの能力を評価していたのでこの提案にのりました。その後アルドのおかげで、マウリツィオと父・ロドルフォは和解し、マウリツィオは再びグッチに戻ることができました。さらにロドルフォは、ニューヨークにあるアルドの店でマウリツィオを働かせ後継者として育てることにしました。

すべてパトリツィアの思惑通り

パトリツィアはロドルフォの目の届かないニューヨークで豪遊生活を始めました。長年提案し続けていた大量生産の低価格コレクションを発表し、スーパーマーケットでの販売も計画していました。これに、ロドルフォはもちろん、父親のアルドもブランドに傷が付くと激怒し、抗争へと発展します。さらにその後、ロドルフォはガンよりこの世を去ります。

ここからパトリツィアはさらに暴走します。アルドとパウロの親子喧嘩を利用して夫・マウリツィオをトップにするためパウロに近づきます。それを利用したマウリツィオは、アルドをグッチ社長の座から引きずり下ろし、3代目社長に君臨します。パトリツィアは、正真正銘のミセス・グッチとなり、ついに社長夫人の座を手に入れました。それだけで満足する女ではありませんでした。自分がグッチの女帝となるという野望を抱き一度もデザインの勉強をしたこともないのに夫にバッグのアイデアを提案します。

しかし、マウリツィオには一蹴されてしまいます。だが、周囲の言葉を無視して勝手にバッグをデザインし販売を始めます。そんなパトリツィアの勝手な行動に夫・マウリツィオは不満がつのり、ついに家を出ていきます。二人が別居してから5年後、マウリツィオは別の女性と同居しており、怒りに震えるパトリツィアは、新しい女に財産を横取りされることに苛立ちました。

マウリツィオが再婚し子どもができると、娘の財産分与が減ってしまうと考えたパトリツィアは、殺し屋を雇い夫を暗殺するという恐ろしい計画を思いつきます。1995年3月27日、マウリツィオはヒットマンにより、会社のエントランスで銃撃されました。そして、マウリツィオと暮らしていた女の家を訪れ財産を差し押さえたパトリツィアは、再び豪遊生活を始めました。

その後、マウリツィオ殺害の捜査は難航し、事件は迷宮入りかと思われた2年後、夫の暗殺を依頼したマフィアとの間で報酬に関するトラブルにより、すべての計画がバレてしまいます。警察に逮捕されたパトリツィアは、26年の懲役判決を受けることになります。パトリツィアの判決後は、グッチの財政難も加わりグッチ一族は財産を手放し、ケリングに買収され、経営に参加することはおろか「グッチ」の名を使うことも許されていません。

その後、デザイナーのトム・フォードがディレクターに就任しグッチは再び輝きを取り戻しました。一方、パトリツィアは、26年の刑期を終え出所、現在72歳になるパトリツィアは、ミラノで静かに暮らしています。

まとめ

グッチは、誰もが知るラグジュアリーブランドです。現在の地位に到達するまで様々がことが起きているようです。今では、グッチは、多くの商品を展開しており人々を輝かせています。

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