黄金の国ジパング
古くからヨーロッパでは日本のことを「黄金の国ジパング」と呼ばれていました。それは、1271年から1295年の24年間中国をはじめアジアを旅したマルコ・ポーロが書いた旅行記で紹介されたのが始まりと言われています。マルコ・ポーロは日本に来たことはなく、中国で聞いた噂がもととなっているそうです。マルコ・ポーロが書いた東方見聞録におけるジパングは「カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに浮かぶ独立した島国」とされています。「莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできているなど、財宝に溢れている」との記述から、多くの人々がジパングへの空想を膨らませました。
この東方見聞録は、後世の冒険家に大きな影響を与えたとされています。コロンブスやマゼラン、バスコ・ダ・ガマなど、さまざまな航海士がアジアを目指して旅立ちました。
コロンブスは、地球は球体であり、西に進めば東端にたどり着くと考え、西回りでアジアに向かう計画を立てました。ただ、コロンブスが考えていた地球の大きさは、実物よりもはるかに小さかたったため、目的地である黄金の国へたどり着くことはできませんでした。それでも、アメリカ大陸への到達を成し遂げたことで歴史的な評価を得ています。















