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アンティークのフランス人形を買い取ってもらうには

アンティークのフランス人形を買い取ってもらうには

ジュモーやブリュに代表されるフランス人形は、19世紀に隆盛を迎えた精妙なつくりの西洋人形です。手の込んだ造りや当時の流行を反映させた衣装など、骨董的価値も非常に高いため、価値がみとめられれば高価買取につながるアンティークアイテムです。この記事ではフランス人形とその買取時のポイントを紹介します。

フランス人形

フランス人形は16世紀ころに登場した、貴族の間でもてはやされた、非常に精巧な造りの西洋人形です。

当時からフランスはファッションの先端を行く国として存在感を示しており、パリの服飾店が最新の装いを人形に着せて外国の顧客に見本として送付したことから、ファッション・ドールとも呼ばれます。そのため、この頃の人形は大人の女性を模ったものでした。

その後、19世紀になるとフランス革命によって台頭した、新たな富裕層であるブルジョアの間で、陶磁器製の頭をもつ「ビスクドール」が流行します。19世紀はフランス製磁器であるセーヴル焼きが大成され、磁器が流行したというのも磁器製ヘッドの登場の背景でしょう。

ファッションドールからの伝統による完成度の高い衣装や、その後、日本の市松人形の影響で登場する赤ちゃんを模したべべ(赤ちゃん)の人形が人気となります。

代表的なフランス人形

メゾン・ジュモー

メゾン・ジュモーは、1842年にルイ・デジレ・ベルトンとピエール・フランソワ・ジュモーが設立しました。特にピエール=フランソワ・ジュモーとその息子エミール・ルイ・ジュモーのもとで、ジュモー人形は洗練された顔と当時流行のファッションを反映した衣装で評判を得ました。

彼らは、1844年のフランス産業博覧会で初めて人形を発表し、賞を受賞しました。さらに1849年のフランス工業製品博覧会で銅メダルを獲得し、1851年のロンドンでの万国博覧会にも出品され、そこで一等賞を受賞しました。

この頃のジュモー人形はとくに衣装の高いクオリティに定評がありました。1860年頃、ピエール=フランソワ・ジュモーはセーヴル磁器の頭、革製と厚紙性の腕、そして木製の関節を備えた人形を作りました。これが「ベベジュモー」です。1867年の万国博覧会では、この陶製の頭部の造形美が高く評価され、銀賞を受賞します。

1873年頃、「bébé incassable(=壊れない赤ちゃん)」が発売されました。これは、磁器の頭、木製の手足を備えた人形でした。そして彫刻家のアルベール=エルネスト・カリエ=ベルーズによって生み出された芸術的な顔が造られました。

これは、1873年にウィーンで開催された万国博覧会で金メダルを受賞しました。この頃ジュモー人形は黄金時代を迎え、ジュモーは、1878年の万国博覧会で別の金メダルも獲得しています。

この賞は、人形のボディ、化粧箱、靴、衣装までジュモー人形の総合的な完成度の高さを評価したものと言えます。その後も世界中で人気となり、1890年代半ばまでに300万体以上の人形が生産されましたが、ドイツ製の安価な人形が登場し、高級なジュモー人形に取って代わります。

メゾン・ブリュ

メゾン・ブリュの創業者レオン・カシミール・ブリュは1866年にメゾン・ブリュを設立します。当初、ブリュはエミール・バロワに陶製の頭部を委託していました。バロワ製の頭部は首にEBとマークされています。この初期の人形はウエストがくびれた、大人の女性の体型です。

1867年6月、レオン=カシミールは彼の最初の発明である「トーキングドール(poupée criante)」の特許を申請しました。1867年に発表された「サプライズドール(poupée surprise)」は回転する頭と2つの顔を持ち、一方は涙を流し、もう一方は微笑みました。

これは起きている/寝ているバージョンも作られます。1868年に誕生した「パリジェンヌ」は完全に関節式の木製のボディ、手首、肘、膝、足首、さらには腰を備えていました。彼女はどのような姿勢でもとることができました。これらのボディにはさまざまなサイズがあります。

この時代、フランスはナポレオン三世による第二帝政の時代で、フランス経済が大きく発展した時期でもあります。ボン・マルシェ、プランタンなどの大型百貨店が誕生したのもこの頃です。

しかし1970年代に入ると第二帝政は崩壊し、フランスは混乱の時期を迎えます。人形業界もこのあおりを受けますが、進取の気性に富んだレオン・カシミール・ブリュはカタログを作成し、作品を多様化させることで立て直しを図ります。

1873年、モナリザのようなほほえみを浮かべる「La Bru Souriante(微笑むブリュ)」が誕生します。これはナポレオン3世の妃であるウジェニー ド モンティジョ皇后がインスピレーションになっていると言われています。

1875年メゾン・ブリュの黄金時代の到来です。1878年、ブリュの人形が万国博覧会で銀メダルを獲得します。それまでは人形といえば大人の女性を模したものでしたが、これは、日本の市松人形に影響を受けた、3歳~5歳ほどの赤ちゃんの人形でした。

1879年、この赤ちゃん(bébé)のブリュは特許を取得し、べべブルベテ(Bebe Brevette)と呼ばれます。その後ベベブルベテはさらに洗練され、1880年から1883年のモデルは芸術の頂点に達しています。

1883年にブリュはアンリ=セレスタン・シュヴロに買収されます。シュヴロは大人の女性をモデルにしたファッションドールの製造をやめ、競合のエミール・ジュモーが行ったように、べべ(赤ちゃん)の人形に専念します。

その後メゾン・ジュモーのようにドイツ製の安価な人形の登場によりブリュの人形の人気も下火となってしまいます。

買取時のポイント

専門店に買い取ってもらう

買取におけるフランス人形の価値は貴金属と違い、アンティークという骨董的価値があります。金やプラチナなどは時価という明確な基準がありますが、アンティークのフランス人形は、素材やデザインなど時代を反映した特徴や、アンティーク市場の需給のバランスなどが価値を決める要素となります。

つまり、経験や専門知識がないと的確に価値を査定できないものなのです。そのため、無闇に専門性のない買取店に持っていっても真っ当な鑑定をしてもらえない可能性があります。フランス人形は、アンティークドールを専門に扱う専門店に買取を依頼したほうがいいでしょう。

むやみに自分でキレイにしようとしない

フランス人形も、たしかに状態がきれいなほうが高価買取が見込めます。しかし、経年変化をした古い染料は、洗浄によって変色や滲みを起こす可能性もあり、アンティークシルクやアンティークレースなどは、ほつれやすく非常に繊細です。

ファッション性の高いフランス人形は衣装の骨董価値も査定に大きな影響を及ぼすため、衣装が原型を留めていることはとても重要です。

付属品を揃えて

ブランド品などにも共通するポイントですが、箱や装飾品などの付属品がある場合はなるべく揃っていたほうが高価買取につながります。逆に付属品がないことが理由で買取不可になることはほとんどないので、付属品がなくても買取査定には出してみましょう。

まとめ

フランス人形と、その買取について紹介いたしました。フランス人形はアンティークの価値を有する人形です。満足のいく買取になるためには、しっかり知識のある専門家に買取を依頼しましょう。

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