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夢を叶えるといわれているカルティエのアミュレットの魅力

1530_カルティエ アミュレット

フランス生まれのカルティエは歴史が長く、数あるハイブランドの中でも、人気のあるブランドです。今回は、カルティエについて解説します。

ジュエリーからペンまで幅広く手掛ける

カルティエは、宝飾メゾンとして世界五大ジュエラーに数えられるが、手掛けるのは宝飾品ばかりではありません。カルティエが他のジュエリーブランドと一線を画しているのは、豊富なメンズコレクションを揃えている点にあります。三代目であるルイとピエール、ジャックの三兄弟は男性向けの洗練されたアクセサリーを数多く生み出しています。

シガレットケース、ライターなどは、ルイの本拠地であるパリのほか、ピエールとジャックが経営を任されていたロンドン、ニューヨークでも取り扱い、王侯貴族だけでなく、企業家のファンの獲得が進んでいきます。いまでは豊富なモデルを揃えるレザーグッズを中心として、筆記具、ライター、サングラスなど、幅広いアイテムをラインナップしています。カルティエは先進的な設計思想を発揮し、時計製造の歴史を語る上で欠かせないメーカーでもあります。

そのきっかけとなったのが三代目のルイ・カルティエです。彼が経営に携わるようになって以来、独自のデザインに取り組み、時計制作に注力してきました。だがそれ以前も腕時計をつくっており、カルティエ初の腕時計として登場するのは1888年のことです。ブレスレットにダイヤモンドを配した女性用のブレスレットウオッチです。懐中時計が主流だった当時、女性にとって時計は美しきジュエリーであり、現在のような“腕時計”とは別なスタイルを持っていました。

こうしたジュエラーとして培ってきた金属加工の技術はカルティエの強みといえます。たとえば当時のジュエリーの台座はシルバーが使われていたが、扱いやすさの反面、酸化により年月が経つと黒く変色してしまうため、見栄えが悪くなるという弱点がありました。そこでカルティエが他社に先駆け、1900年に採用したのがプラチナです。

銀の融点は961.93℃、金は1064℃に対して、プラチナは1772℃と高く、そのため成形には高い技術が必要になります。この技術は宝飾時計の製作でも使われています。またジュエリー製作で培われた金属加工技術力を時計製造でも発揮され、1909年、カルティエは「デプロワイヤント バックル」における最初の特許を登録しています。

王侯貴族からの絶大な支持

「王の宝石商、宝石商の王」-かのイギリス国王エドワード七世からカルティエへと贈られた言葉です。およそ100年以上も前からカルティエのジュエリーは王侯貴族に愛されてきました。

1847年にスタートしたカルティエは、創設者のルイ=フランソワ・カルティエはフランスにあるヌーヴ・デ・プティ・シャン通りにお店を構えます。そこは当時、国王の弟の家系にあたるオルレアン公の館から目と鼻の先でした。館では社交界が度々行われており、そこに集う貴族や身分の高い人々にルイ=フランソワは目を付けたのです。彼の読みは見事に的中します。カルティエのジュエリーは上流貴族を中心に名が広まっていきます。

極めつきとなったのがフランス皇妃ユゥジェニーからカルティエへオーダーしたことでした。1859年、ナポレオン3世によるパリ大改革が行われました。パリは改革によって美しく華やかな街へと生まれ変わりました。ここでも商いの才能が発揮されたルイ=フランソワはパリのオペラ座付近に店舗を移転します。街だけではなく人々も着飾るようになり、カルティエのブティックはパリの中心的存在となりました。その噂を耳にした皇妃ユゥジェニーがカルティエへオーダーしたことをきっかけに宮殿御用達となったカルティエはその名をヨーロッパ全土へと広げ、ブランドとして大きな成長を遂げました。

新たなトレンドを確立させた「アールデコ・スタイル」

1900年台初頭、ヨーロッパでは「アールヌーヴォー・スタイル」というのが流行しておりました。「アールヌーヴォー・スタイル」とは、花や動物をモチーフに金属やガラスを用いてデザインするというものでした。当時は産業革命をきっかけに、街には粗悪で安価な物が増えてしまい、いつしか人々は芸術性のある高価な物を求めるようになりました。世の中に新しい風をと建築家、芸術家、工芸家などあらゆるアーティストたちが「アールヌーヴォー・スタイル」でヨーロッパは彩られていきます。

後に出てくる「アールデコ・スタイル」は1920年代からなのですが、それよりも前にアールヌーヴォーから脱却していたのがカルティエ創業者の孫であるルイ・カルティエでした。1914年に発表した「タンク」はそれまでの曲線的でエレガントなアールヌーヴォーとは異なり、直線的で近代的なものでした。やがてそれはアールヌーヴォーに代わってトレンドとなりルイ・カルティエは「アールデコ・スタイル」の先駆け者となりました。

カルティエのアミュレットは夢を叶えるお守り

「アミュレット」とはお守り・厄除けという意味です。カルティエの「アミュレット ドゥ カルティエ」は”心に秘めた願いの開放”をテーマにしています。石に願いを込めると、その願いを叶えてくれるアクセサリーです。円形のモチーフにそれぞれの意味が込められた天然石をあしらい、センターにはブリリアンカットのダイヤモンドを1石埋められています。

天然の貴石とダイヤモンドをゴールドにマッチさせた、素材のコントラストが美しいネックレスです。天然石の力強いパワーを感じさせるデザインが特徴的で、丸いフォルムで女性ファッションにエレガントさをプラスしてくれます。コーディネートのおしゃれポイントとしてプラスしたいネックレスです。

 

アミュレット ドゥ カルティエ

1.オパール

2.マラカイト

3.ラピスラズリ

4.カーネリアン

5.クリソプレーズ

6.マザーオブパール

7.オニキス

 

願いの扉を開いてチャンスを引き寄せ、自分に自信を与えてくれるジュエリー、そして、自分の手で掴んだ幸運がさらなる幸運を呼び寄せ、輝かせてくれるジュエリー、「カルティエ」が贈る新作コレクションは、自立した大人の女性にこそふさわしいプレシャスなタリスマンといえます。

クラスプ部分を“解錠”できるユニークなデザイン(サイズにより異なる)に加え、神秘的なオニキスと崇高なマザー オブ パールに映えるダイヤモンドの気品あふれる輝きを、そっと胸元や手元に、365日どんなシチュエーションでも肌身離さず身につけられるフェミニンなフォルムが魅惑的です。

数々の“世界初”

1900年、ダイヤやカラーストーンの台座にはシルバーが使用されておりました。ところが、年数経過により酸化してしまう為に折角のジュエリーの見栄えが悪くなってしまいます。そこで、代わりとなったのがプラチナでした。これを考案したのがルイ・カルティエと言われておりジュエリー界の大きな革新となりました。

1904年には、腕時計「サントス」を製作します。実はこれが世界初の腕時計でした。飛行士であり、ルイ・カルティエの友人であったアルベルト・サントス=デュモンより腕時計制作の相談を受けたのだそうです。ルイ自身も以前から時計制作に興味があり、完成されたのが「サントス」でした。懐中時計のように、出し入れせず直ぐに時間を確認出来る、当時では画期的なものだったそうです。

さらに1912年、今度は世界初のバケットカットのダイヤモンドです。これもまたルイ・カルティエのアイディアでした。著名人ではモナコ公国の公妃であったグレース・ケリーに、レーニエ三世から贈られたエンゲージリングがバケットカットのダイヤでした。家族の反対を押し切り女優を志し、22歳の若さでハリウッドデビューします。人気絶頂の中、ヨーロッパの天子との結婚を決めたまさに波瀾万丈な人生を送った彼女に相応しい特別なリングだったのではないでしょうか。

まとめ

カルティエのブランドついて説明しました。今回の記事でカルティエに少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

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