スイス時計産業の変革とサステナビリティへの対応 ｜ 函館山の手店

～伝統と革新が交差する、“時を刻む”持続可能な未来～

スイス――この国の名は、長年にわたり「高級時計の代名詞」として世界中の信頼を勝ち取ってきた。
ロレックス、パテック フィリップ、オメガ、タグ・ホイヤー、オーデマ ピゲ。
いずれもスイスに拠点を置く、世界的に評価の高い時計ブランドである。

しかし今、そのスイス時計産業が大きな転換期を迎えている。
背景には、世界的なサステナビリティ志向の高まりと、時計業界特有の課題が存在する。

伝統を守りながら、どのように地球環境と向き合い、次世代につなぐ“ものづくり”を続けるのか。
今回は、スイス時計産業が直面する変革とサステナビリティ対応の現状と展望について掘り下げていく。

伝統工芸と環境問題の交差点

スイスの時計づくりは、手作業による精密な技術、数百年の歴史、そして地域密着のクラフトマンシップに支えられてきた。
一見、サステナブルな価値観と相容れそうだが、実際にはいくつかの構造的な課題がある。

● 貴金属・宝石の調達と環境負荷

時計には、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、レザーなどが使用されており、その調達過程で環境破壊や人権侵害が指摘されるケースもある。

特に金採掘では森林伐採や水質汚染、児童労働といった問題が深刻であり、**「倫理的な原材料の調達」**が求められるようになっている。

● 廃棄や資源循環の課題

大量生産されたクオーツ時計やエントリーモデルの一部は、使用後に処分されるケースも少なくない。
こうした電子部品やバッテリーの廃棄は、環境負荷を高める要因になっている。

また、時計は長く使える製品である一方で、メンテナンスコストや知識不足から使われずに放置され、資源が眠ったままになることも多い。

スイスブランドのサステナビリティ対応：先進的な取り組み

スイスの名門ブランドは、これらの問題に対して近年積極的な対応を進めている。

● ロレックス：社会的取り組みと再資源化

ロレックスは詳細なサステナビリティ報告書を公表していないものの、社内で再資源化やエネルギー効率改善の取り組みを進めているとされ、
また「ロレックス アワード」などの支援活動を通じて、環境保護・科学技術・人道的活動への支援を行っている。

● パネライ：エコ素材時計を本格展開

イタリア系だがスイス製造であるパネライは、2021年にケース・ストラップ・ムーブメントの98.6％をリサイクル素材で製造したモデル「サブマーシブルeLAB-ID」を発表。
この取り組みは業界に衝撃を与え、「再生可能素材による高級時計」の可能性を提示した。

● IWC：トレーサブルな素材と環境報告

IWCは業界の中でもサステナビリティ情報の開示に積極的で、
CO₂排出量・水資源・材料のトレーサビリティについて詳細な報告書を毎年発行。
特に、バイオベースのレザーストラップや再生スチールの採用は注目されている。

● スウォッチグループ：バイオ素材の導入

オメガやブレゲを擁するスウォッチグループでは、バイオセラミックやエコレザーなどの素材開発が進んでいる。
また、エントリーブランドのスウォッチでは再生プラスチックを利用した「BIOCERAMIC MoonSwatch」シリーズが話題を呼び、環境配慮型商品のマーケット拡大に貢献している。

技術革新とサステナブルな設計思想

スイス時計産業では、素材面だけでなく、製品ライフサイクルを通じたサステナビリティの実現が目指されている。

● 長期使用を前提とした設計

多くのブランドは、製品を「一生使える設計」として捉え、修理・オーバーホールを前提とした構造を採用している。
これにより廃棄を最小限に抑え、「長く使い続けること自体がサステナブル」という考え方が浸透している。

● アフターサービスの強化

一部のブランドでは、ヴィンテージモデルの修理部品をアーカイブとして保管し、数十年前のモデルでも修理対応が可能な体制を整えている。
この姿勢は、製品価値の維持のみならず、循環型経済の実現にも寄与している。

業界の課題と今後の展望

一方で、スイス時計業界には今なおいくつかの課題が残されている。

• 明確なESG開示や環境報告書を出していないブランドも存在

• 金属調達の透明性向上が業界全体ではまだ不十分

• バイオ素材・リサイクル材の導入が高価格帯に限定されがち

しかし、サステナビリティを求める消費者の声が高まる中で、
**「環境への配慮＝ブランド価値の一部」**という認識が業界内でも共通化されつつある。

将来的には、全製品に素材原産地証明や製造プロセスの透明性が求められる時代が来ると予想される。
この流れを受け、今後は**デジタル技術との融合（例：ブロックチェーンによる素材管理）**も進むだろう。

まとめ：「伝統」と「持続可能性」は共存できる

スイス時計産業は、伝統と歴史に裏打ちされた職人技と高品質な製品で長年の地位を築いてきた。
その強みを維持しながら、次世代に選ばれるラグジュアリーブランドとなるためには、サステナビリティの視点が不可欠である。

環境に配慮し、倫理的に製造され、長く愛用される――
そんな時計こそが、これからの時代にふさわしい「真のラグジュアリー」なのかもしれない。

スイス時計産業の未来は、ただ過去の栄光にすがるものではなく、地球と共に時を刻む新しい価値創造に向けて静かに変化を始めている。