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装飾品の持つ意味とその歴史

1088_装飾 品 意味

アクセサリーやジュエリーなどの装飾品、装身具は古今東西に遍在しています。古くは美しさを引き立てるという役割だけでなく、宗教的、権威的な意味を象徴する役割も担っていました。この記事ではそんな装飾品の歴史を紐解いていきます。

古代

古代エジプトは高度な文明で知られていますが、太陽神を信仰しており、太陽のように眩く輝く金製の装飾品は、宗教的にも重要な意味をもっていました。そのため古代エジプトでは男女関係なく装飾品を着用したといわれています。また、様々な宝石もジュエリーとして王族に愛され、クレオパトラがエメラルドを愛したという逸話は有名です。

古代ローマにおいて、とくに貴族級の女性はあらゆる装飾品で着飾っていました。金や銀、宝石はカットを施されるなど、金銀細工やジュエリー製造の高い技術が育まれました。真珠も非常に価値の高いものとされ、皇帝カエサルも愛したといいます。装飾的な側面とは別に、宝石には魔法的および宗教的な意味や機能があり、その効果は装飾だけでなく素材にも求められました。

中世

中世の装飾品も宗教的な意味を帯びることが多くありました。キリスト教の聖職者は聖書にもたびたび登場する聖なる石「サファイア」の指輪を着けました。彫金の技術は早くから発展しており、5世紀のフランス メロヴィング朝の時代の指輪には細かい装飾的な彫りが施され、ガーネットなどの宝石が嵌め込まれたものも見られます。また七宝焼きも盛んに用いられた技法のひとつで、金や色石と組み合わされて精緻な図柄を表現しました。中世のヨーロッパでは装飾品は交易によって国々を行き来していたため、出自を特定することが難しい場合も少なくありません。

ルネサンス

14世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパでは「再生」を意味するルネサンスが巻き起こりました。これは古代ギリシアや古代ローマなど古典古代の文化に模範を見出した芸術的潮流であり、文芸や化学において発展をみせた時代でした。ルネサンスを境に、ヨーロッパ世界は中世から近代への新たなフェーズを迎えるという歴史上も重要な節目といえます。ルネサンスにおいては新大陸からもたらされた金で金細工が盛んにつくられたり、世界最硬のダイヤモンドを研磨する装置「スカイフ」が発明されたりと、新たな発見や技術発展による新展開がみられました。ダイヤモンドのカットは他の宝石にも応用され、宝石たちは眩い反射光を映すようになりました。

近代

17世紀は頭部を飾るヘッドアクセサリーが流行しました。また宝石の希少性が注目され、投資や財産としても価値が見いだされます。ルネサンスに代わる芸術様式としてバロック(=“いびつな真珠”の意)様式が台頭し、均整美へのアンチテーゼとしての躍動感やドラマティックな様式美がもてはやされます。宗教から切り離された装飾品も頻繁に製作されるようになり、そういった世俗的な物には草花などの植物に着想を得たデザインが多くみられました。

18世紀になるとロココ様式が芸術潮流として巻き起こり、ロカイユRocailleと呼ばれる渦巻き模様が流行します。またこのころから19世紀にかけて黄緑色の美しい宝石「クリソベリル」が宝石界のライジングスターとなります。一方で、クリスタルガラス製の模造宝石も製作され、宝石に手が届かない人々でも宝石のような輝きを楽しめるようになります。18世紀にはブローチやコサージュなど、胸元を飾るアクセサリーも盛んにつくられるようになり、精緻で躍動感のある絢爛なデザインのものが好まれました。

19世紀になると、装飾品は服装とのバランスも考えられて着用されるようになります。精巧な金細工が隆盛を極め、「カンティーユ」と呼ばれる金糸のような精緻な彫金技法が登場したり、古来より伝わる「レポゼ」と呼ばれる、金をレリーフ状に打ち出して金細工に立体感を与える技法に再注目が集まりました。また夫のアルバート公を亡くしたヴィクトリア女王が喪に服した際に着用したモーニングジュエリーが流行したのもこの頃からです。19世紀から20世紀初頭にかけて万国博覧会が盛んに開催され、グローバル化へと世界が歩み始めた時代でもあり、ジャポニスムなどの東洋趣味も芸術的なブームとなります。

20世紀に入ると、植物などの曲線美を讃えるアール・ヌーヴォーが流行します。またパリのジュエラー「カルティエ」によってプラチナがジュエリーの素材として採用され繊細な造形を伴ったガーランドモチーフのジュエリーが製作されました。この頃のパリは流行の最先端として世界的にも地位を確立しており、世界中のセレブリティが、パリのヴァンドーム広場の超高級ホテルに宿泊しました。ヴァンドーム広場にはそういった上顧客にむけて一流のジュエラーがブティックを構えたことから、高級ジュエラーのメッカとしてヴァンドーム広場が栄えていきます。第一次世界大戦のあと、時代の気分はアール・ヌーヴォーは直線的・幾何学的なアール・デコへと移り変わります。1930年代はシュールレアリスムなどの前衛芸術が勢いをつけた時代でもあり、ティファニーのデザイナー、ジャン・シュランバージェの作品などはそんなアヴァンギャルドな気鋭さを孕んだ美しさを体現しています。

現代

第二次世界大戦後、装飾品における表現は一層多様になりました。インスピレーションはより幅広く、ポップアートなどの影響もあり日常、日常品に着想を求めることが常となりました。それは有名ジュエラーにおいても同様で、ティファニーのパロマピカソは落書きにインスピレーションを求めた「グラフィティ」シリーズを打ち出したり、カルティエのアルド・チプロは一本の釘をアートピースに昇華した「ジュストアンクル」を発表しました。ファッションとより親密な関係となり、ホルストンのランウェイではエルサ・ペレッティが自身のデザインしたジュエリーを着用し、イヴ・サンローランのコレクションではクロードラランヌの唇のネックレスが注目を集めます。テクノロジーがさらに進歩し繊細な印刷をデジタルプリントで行ったり、3Ⅾプリントによる新次元の造形が可能となり、更なる表現の可能性の兆しが見えています。一方で、資源の採掘による環境破壊や動物愛護などの倫理的問題など、エシカルな観点においても解決すべき課題が表面化している時代でもあります。

まとめ

装飾品の発展の歴史を紹介しました。古来装飾品は美的意味だけでなく宗教や君主の権威を示すうえでも重要な意味を持っていました。時代とともにそのデザインや存在意義も変化し、現代ではデザイン云々を超えて、我々の暮らしにおけるサスティナビリティや環境への配慮などの倫理的な観点すらも孕んだものになりつつあるとも言えます。

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